大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2997号 判決

控訴人 堀内友子 ほか一名

被控訴人 国 ほか一名

代理人 平賀俊明 熊谷岩人 北川博司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは各自控訴人堀内友子に対し金一、六四五万四、〇〇〇円、控訴人堀内賢二に対し金七一九万三、二〇〇円及び右各金員に対する被控訴人国については昭和四九年一一月二日から、被控訴人山梨県については昭和四九年一一月九日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、控訴人ら代理人において当審における控訴人堀内賢二、同堀内友子の各本人尋問の結果を援用すると述べたほか、原判決の摘示事実と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

当裁判所も審究の結果、控訴人らの本訴請求は棄却さるべきものと判断するものであつて、その理由は、左に付加、訂正するほか、原判決の説示理由と同一であるから、ここにこれを引用する。

一、原判決記載の訂正、加入等

原判決一二〇枚目裏一〇行目から一一行目にかけての「正当性を失い、違法」を「正当性を失つたもの」と訂正し、同一二一枚目表二行目の「東京高裁の判決」の次に「裁判所を構成する裁判官の判断」を加え、同行の「国家賠償法上も」の「も」を削除し、同五行目から六行目にかけての「逸脱したときに、始めて同判決は」を、「逸脱し、証拠による事実の推認に経験則違反又は論理法則違反の違法のあることが明らかであるときに始めて右判決裁判所を構成する裁判官の判断が」と訂正し、同行の「国家賠償法上も」の「も」を削り、同七行目の「換言すれば」以下同一〇行目の「解すべきである。」までを削除し、同一二二枚目裏七行目の「東京高裁の判決」の次に「裁判所を構成する裁判官」を加え、同一三二枚目表一〇行目の「三月二〇日」を「三月二日」と訂正し、同一三三枚目裏六行目の「控訴審判決」の次に「裁判所を構成する裁判官」を加える。

二、追加説示

控訴人らは、控訴人友子が本件事件の放火犯人であるとの嫌疑を受けるに至つた具体的事実を個々独立に評価し、その各事実の存在はいずれも右の嫌疑を裏付けるものではなく、かえつて、本件事件の放火が同控訴人の犯行によるものでないことを推認せしめるに十分であると主張し、本件事件担当の警察官、検察官並びに裁判官の各公権力の行使の違法をいう。然し、本件におけるごとく要証事実(構成要件事実)を直接認定し得る証拠がなく、間接事実によつて要証事実を推認するよりほかない場合、その間接事実は、要証事実以外の事実を推認できるものであつてはならないというわけのものではなく、要証事実以外の事実をも推認し得る間接事実であつても、他の証拠と総合することによつて要証事実をより強く推認せしめるものであれば、これを要証事実認定の一徴表として採用することを妨げるものではない。また、事実の認定は、裁判官の自由な判断に委ねられている(刑訴法三一八条参照)。したがつて、間接事実によつて要証事実を推認する場合、その推認が経験則や論理法則に明らかに違反しない限り、国家賠償法にいう違法の問題は、生じないものといわなければならない。いま、本件についてこれをみるのに、

1  本件放火犯人が内部の者であるとの推論について

本件放火の場所、材料等のみからみれば、控訴人らの主張するように、本件放火が外部の者の犯行によるものであると推論し得る余地が全然ないわけではない。然しながら、さきに引用した家屋の構造、戸締の状況等に関する原判決記載の事実に徴すれば、外部よりの侵入の可能性は極めて少ないものといわざるを得ない。しかも、もし外部の者による犯行であるとすれば、屋外から放火するのが普通であり、現に、いずれも外部の者による放火とみられている昭和四二年二月一〇日三井方の火災、昭和四三年二月二八日小沢方の火災にしても、その放火の場所は、<証拠略>によれば、三井方の放火にあつては、屋外の建物に接して置かれていた自動車であり、また、小沢方の放火にあつては、住家と一体として建てられた牛舎の軒下であることが認められるにもかかわらず、本件火災に限り、何故に発見される可能性の大きい屋内に深入して放火に及んだのか、その点を解明する資料は存在していないのである。このような点をも考慮に入れ、本件に顕れた一切の資料を検討した結果、本件放火が外部の者によつて行なわれたのではなくて内部の者によつて行なわれたものであると推定したからといつて、それを経験則違反とか論理法則違反と論難することは、許されないものといわざるを得ない。

2  放火の動機について

控訴人らは、当夜控訴人友子には放火する動機がなかつたと主張する。

確かに、本件事件当夜控訴人友子が極度の興奮状態にあつたものと認めるに足る証はない。そして、もし本件事件が突発的な犯行に係るものであるとすれば、そのためには、控訴人らの主張するように、当夜の控訴人友子に極度の興奮状態が認められることを必要とするであろう。然しながら、本件放火の動機を次のように推論することも可能である。すなわち、一年以前から始つた部落内の一連の出火事件について同控訴人が犯人であるかのごとき噂が流れ、しかも、同控訴人が当時山梨県警察本部防犯少年課長の職にあつた叔父堀内知幸の地位を利用してもみ消しを計つたなどという叔父の名誉にも係わる風評があり、ひいては、それが実弟堀内勝春の結婚問題にも影響することを恐れていた同控訴人は、かねてより、自宅に放火すれば、一連の出火が自己の犯行によるものではないことが実証されて噂を解消することができるものと考えていたところ、前記引用に係る原判決説示理由のごとく、偶々本件事故前日の三日夜、噂の出所を突きとめてそれに対する適切な手を打とうとしたが、それができなかつたことから、かくては、噂を一掃するためには自宅に放火するよりほかはないと確信するに至つたものであること。つまり、同控訴人は、憤激の余り突発的犯行に及んだというのではなく、当夜の出来事が契機となつて、かねてより考えていたことを実行に移したまでである、とみるのである。かかる推論は、本件に顕れた事実関係からみて可能であり、特に後述するように、その二日前に二〇〇万円の追加保険に加入した事実に徴すれば、なおさらその推論を強めることになるのである。したがつて、控訴人らの主張のごとく当夜同控訴人が極度の興奮状態になかつたとしても、放火の動機は十分に存在するものというべきであつて、この点に関する認定、判断に経験則や論理法則の違反はないものというべきである。

3  本件事件当夜の控訴人友子の服装及び出火発見後の行動について

三月四日自宅物置の天井の一部が焼燬した本件事件当夜、控訴人友子が普段着のセーター、ズボンを着用し、ネツカチーフをつけて床に就いたことは、控訴人らにおいて認めるところである。確かに、部落内で火災が頻発していた状況の下にあつては、同控訴人がかような服装のままで就寝していたからといつて、強ち不自然であるとはいいえないであろう。然しながら、同控訴人は、当審における本人尋問において、本件事件以後は、就寝時上衣、ズボン等を脱ぎ下着のままで就寝し、同月六日自宅が全焼した際にも右の姿で避難した旨供述し(なお、原審における控訴人友子本人尋問の結果によると、控訴人友子は、警察での取り調べに対しても右のように述べていたことが窺える)、その理由として、「一度放火されれば、二度と放火されないと思つたからである。」と弁疏している。然し、かかる弁疏は、到底合理的な説明とは認められず、本件事件当夜における同控訴人の服装に疑念を抱いたのは、至極当然であるといわざるを得ない。

また、控訴人らは、控訴人友子が一連の放火事件の犯人と思われたくないために放火したのであるとすれば、むしろ積極的に消火活動をするのが通常である、と主張する。然し、それは、第三者の目を考えての擬装行動として理解する場合にいえる事柄であつて、本件事件で、同控訴人が消火活動にあたつていた子供や実弟の目までごま化そうという意識が突嗟に働らかなかつたとしても、さほど不自然ではない。

したがつて、本件事件当夜における控訴人友子の服装や消火活動の態度を有罪断定の一資料としたことに、経験則や論理法則の違反はないものというべきである。

4  火災保険に追加加入したことについて

控訴人友子が、本件事件二日前の三月二日自宅の火災保険に二〇〇万円追加加入したことは、<証拠略>に徴して明らかであるが、右の保険をかけた家屋は、同月中頃までに新築のために取り壊す予定で、すでに業者に建築を請負わせ、材料も準備していたというものであり、また、右家屋にそれまでに二〇〇万円(ないし二九〇万円)程度の火災保険がかけられており(合計保険金額は、四〇〇万円ないし四九〇万円になる)、しかも、旧家屋を取り壊して新家屋を建築するとなると、家屋の同一性がなくなり、旧家屋にかけられた保険が当然には新家屋に対する保険とはなり得ないと解される(もつとも、店舗部分は改築しない予定であるというのであるから、店舗部分をも含めて一体の建物であるとすると、旧建物に対する保険が新建物に対する保険として効力を維持される余地もあるが、この場合でも、旧建物に対する保険がそのまま改築後の建物に対する保険とはなり得ないであろう。)のであるから、改築に着手するまでの十数日間の事故に備えて二〇〇万円の追加保険に加入したこととなるが、控訴人友子が弁疏するごとく単に部落内に火災が頻発していたというだけでは、その必要性を説明するに足らず、他にその点を十分納得させることができる資料はない。

それ故、追加保険加入の事実をもつて控訴人友子の犯行を推定する一資料としたことに、経験則や論理法則の違反はないものというべきである。

5  実況見分調書の瑕疵について

昭和四三年三月四日付司法警察員仲江幸男作成の実況見分調書に事実に相違する記載のあることは、さきの引用にかかる原判決説示理由のとおりであるが、右調書の存在を度外視しても、控訴人友子が本件事件の放火犯人であると断定したことに合理性がないわけではないこと、以上の諸事実に照らして明らかであるから、実況見分調書に瑕疵があることをもつて右の認定、判断を違法な公権力の行使であると論難することは許されない。

よつて、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 浅香恒久 安國種彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例